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東京まで来たマヤ20!謎の臨時「あさかぜ」編成

どうも~(^^)/ 横濱模型です。
2005年の鉄道ピクトリアル No,763 7月号にマヤ20の写真が載っていることは20系客車ファンのかたならご存知でしょう。
写真だけをみたら九州のどこかかと思ってました。
良く見るとトレインマークが白塗りっぽくみえます。撮影場所は鶴見~川崎となっていました。
マヤ20って東京にも上って来ることあるんだ~と軽く考えていました。
知らないって幸せ!って思っていたのですが、本文を読むと納得です。

1963年11月9日に鶴見事故からの派生事故とも読み取れます。
また同時に山陽本線本由良(ほんゆら)~厚東(ことう)間(山口県宇部市厚東川鉄橋付近)で5トンのオイルジャッキを使ってレールの誤差補修作業行っていたようです。
そこに鶴見事故で大幅なダイヤの狂いで沼津発となった25分遅れの「みずほ」が進行してきたのですが、線路班員が気づいた時はジャッキを取り除く時間が無く、列車とジャッキが衝突してしまいました。
この時に1両目と2両目の連結器のエアーホースにあたり外れ、急停車しました。
信号があるにもかかわらず13分遅れでやってきた特急「あさかぜ」3レ(C62 40+20系14両)が追突しました。
当時の新聞の画像が先人様のブログで公開されてますが、ナハフ21はトレインマークからしたががっつり凹んでいました。
みずほ(C6214+20系14両)の車両は脱線はなかったとのことですが、連結器が各車両とも壊れたとあります。ということは、「みずほ」は14両使えないという事ですね。
鉄道ピクトリアルに掲載されている所を見ると「みずほ」と「あさかぜ」から半編成選びと記述されていますが、14両壊れてますのでみずほの控え車を含めて半編成作ったのかは私みたいな鉄分0な人間にはわかりません。
そんな半編成で11月11日に下関発の臨時「あさかぜ」として運転することになったとなっています。その写真も掲載されているのですが、7両分が見える位でその先が不明です。

この時の編成は探してもネットには落ちていませんでした。
写真から見ると

1963年11月11日(12日)臨時「あさかぜ」
←下関 東京→
マヤ20 ナロネ21 ナロ20 ナシ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ? →不明

マヤ20 1~3の電源能力は125kVAで6両とも7両とも言われています。ナシを考えるとどうなのかといろいろ妄想するところでもあります。
写真から見えるのは上の表のようなところなんですが、これだと東京より末端の車掌室がないのでナハネ20ではなくナハフ20なのか、もしくはナハ20+ナハフ20、はたまたナハネ20+ナハフ20なのかと。

妄想がどんどん広がるところですが、正確な情報がわかりましたら追記したいと思います。
ちなみにマヤ20のトレインマーク部分はカバーがかけられていたようです。

どなたかこの謎の編成わかる方いませんよね~

本日も、くだらない備忘録にお付き合いありがとうございます。

 

 

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